シングルファザーの仕事選び!安定を捨てて手に入れた娘との日常

今回はシングルファザーになった自分が、長年続けてきたトラックドライバーという職を辞めた理由をお話しします。

安定を捨てる怖さよりも、絶対に譲れないものがあった自分の決断の記録です。

Kazuya

シングルファザーになってから半年間は長距離トラックドライバーをしていました。
その時の葛藤をお話したいと思います。

目次

「何のために働いているんだろう」という自問自答

月に数回しか帰れない日々

トラックドライバーという仕事は、やりがいもありました。

しかし、当時自分がしていた運行は、一度出れば数日間、時には月に数回しか会社に帰れないようなスケジュールで、シングルファザーに適している職業とはお世辞にも言えない状況でした。

夜通しハンドルを握り、見知らぬ土地のパーキングエリアで仮眠を取る生活。

Kazuya

「娘はどうしているだろう」「今日は何をしたんだろう」

そんな今では当たり前のことを確認することすら、当時の自分には難しいことでした。

稼がなければ生活は守れない。けれど、稼ぐために娘と会えない。

そんな矛盾した状況の中で、「稼ぐことと引き換えに、もっと大切なものを失っているのではないか」という言いようのない虚しさに、じわじわと飲み込まれていきました。

モチベーションが保てなくなった

娘という唯一の家族を守るために働いているはずなのに、その娘の顔が見られない。

ふと「自分はいったい、誰のために、何のために、こんなに必死に走っているんだろう」と自問自答することが増えました。

もちろん、生活費を稼ぐことは親としての義務です。

でも、ただ通帳の数字を増やすためだけに、娘の成長という二度と戻らない時間を犠牲にし続けることに、正直限界を感じていました。


【ここで補足情報】

シングルファザーの就業率は97%と高く、当たり前なことではありますが、ほとんどのパパが働いています。雇用形態は正規雇用(正社員)が約82%となっています。

シングルファザーの職種内訳(上位)
  • 生産工程(製造業など):約24%
  • 輸送・機械運転(ドライバーなど):約17%
  • 建設・採掘:約13%

実は、トラックドライバーなどの「輸送」にかかわる仕事は、シングルファザーの間で2番目に多い職種です。

娘の笑顔を奪っていたのは「パパ」だった

写真から消えた娘の笑顔

自分は預けている託児所の先生にお願いをして、娘の写真を毎日送ってもらっていました。これが仕事をしている自分の唯一の楽しみ。

Kazuya

スマホの画面越しに会う娘の姿が、長距離運転の疲れを癒やしてくれるはずでした。

しかし、そこに写っている娘の表情にいつも笑顔がありませんでした。

笑っていない。泣いてもいない。ただ、寂しさをじっと耐えているようなその表情を見た瞬間、心臓を直接掴まれたような衝撃が走りました。

「生活のために働いている」という大義名分の裏で、自分はこの子の心から一番大切なものを奪っていたのではないか。

その疑念が、確信に変わった瞬間でした。

大好きだったトラックがいつしか・・

数少ない娘と過ごす休みが終わり、仕事へ向かう朝。

自分はいつも一度会社へ行き、娘と一緒に大型トラックに乗り換えてから、託児所へ送り届けるのがルーティンでした。

最初の頃、娘は「パパの大きいお車だ!」と目を輝かせて喜んでくれました。ところが、次第に娘はトラックに乗ることを激しく嫌がるようになりました。

会社の敷地内に入り、パパのトラックを見ただけで大泣きをする。

娘にとって、その大きな車は「楽しい乗り物」ではなく、「パパにまた何日も会えなくなる別れの象徴」になっていたのです。

Kazuya

生活してくために仕事をする、当たり前のことだと分かってはいるのですが、この時ほど「仕事に行きたくない」と思ったことはありません。

仕事を辞める決断!戻った娘の笑顔

苦しかった生活と、それ以上のモチベーション

悩んだ末に10年近く続けていたトラックドライバーを辞める決断をしました。

不安がなかったわけではもちろんありません。ただ、それよりも自分は娘との生活と娘の笑顔を守りたかった。

長年トラックドライバーをしながら副業でやっていたWebデザイナーの仕事を本職にしました。

しかし、所詮月数万円程度しか稼げていなかった副業レベルの収入。月々の支払いをするのが精一杯、かなり苦しい生活を数ヶ月間経験しました。

Kazuya

これまでの人生で一番金銭的に苦しい時期でした

しかし、不思議と心は折れませんでした。

「娘がいつも自分のそばにいる」それが自分にとっての何よりのモチベーションになり、それが自分の原動力でした。

「辞めてよかった」と確信した娘の変化

苦しい生活ではあったのですが、自分の決断が間違いではなかったと確信させてくれたのは、他でもない娘の変化でした。

家にいる時間が増えるにつれ、娘の表情がみるみる明るくなっていったんです。託児所の写真で見せていた、あの感情を失ったような顔はもうどこにもありません。

この笑顔を守るために父親として自分は頑張る!自分の決断は間違っていない、そう強く思いました。

おわりに:働き方は、生き方で決まる

今振り返ってみれば、当時の自分の決断は、客観的に見れば少し無謀な「見切り発車」だったのかもしれません。

確かな勝算があったわけではなく、ただ「このままではいけない」という一心で、トラックドライバーを辞めました。

でも、あの時もし立ち止まっていたら、今の自分も娘の笑顔もなかったと断言できます。

人によって「幸せ」の定義は違います。バリバリ働いて豊かさを手に入れることも一つの正解でしょう。

けれど、自分にとっての正解は、娘と一緒に食卓を囲み、今日あったことを笑い合える時間を守ることでした。

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